Mimaのゆるっと趣味ルーム

観た映画や聴いた音楽についてつらつらと思ったことを書くブログ。普段はゆるっと、ごく稀に大真面目に。

アルバム『24K Magic』の源流を探る - 80'sサウンドと90'sグルーヴの見事な融合

お久しぶりです。Mimaです。

 

かなり長期間更新が滞ってしまっていましたが、またゆるりと再開しますのでよろしくお願いいたします。

 

少し前の話になりますが、ブルーノ・マーズグラミー賞主要部門を独占、ノミネート部門すべてで賞を獲りましたね、おめでとうございます。なんか「スムーズにかっさらっていった」感じがしませんか?ブルーノ・マーズならやってのけそうな偉業です。

 

さて今回は、そんなアルバム『24K Magic』のシングル曲を軸に、その源流を探ってみたいと思います。と大げさに言いましたが、「この曲好きならこれもおすすめだよ」程度のものです(笑)

 1st single - 24K Magic

www.youtube.com

ブルーノ・マーズは最新作について、「90年代のスピリットがある」と言っています。確かにその通りだと思いますが、個人的に80年代、特に後半から90年代は「グルーヴ」という点で非常に繋がりの強さを感じます。このアルバム、およびタイトル曲は、サブタイトルにも書いた通り「80年代のキラキラしたシンセサウンドと90年代の打ち込みによるグルーヴ」をミックスさせたような曲です。特に出だしのトークボックスを利用したエフェクトは、80年代にはロジャーが利用し時代のサウンドに、90年代にもそれが2Pacの「California Love」で利用されていました。

とは言いつつ、私はこの曲にはより80'sを感じます。それは何よりシンセサイザーの音色と、ファンキーなドラムビートが理由でしょうか。特にこの曲からは、ブルーノ・マーズがマーク・ロンソンと発表した「Uptown Funk」に近いものを感じます。つまり、ミネアポリス・サウンドに大きく影響を受けていると思うのです。

そこで、この曲が好きならミネアポリス・サウンドにさかのぼってお勧めしたい曲があります。

Prince - 1999

www.youtube.com

収録アルバムは1983年発表、『1999』。ミネアポリス・サウンドのパイオニアにして、プリンスの出世作であり代表作であります。シンセサウンドとシンセドラムの強烈なグルーヴは、明らかに「24K Magic」に通ずるものがあるでしょう。

このアルバムにはほかにもダンサブルでキャッチーなナンバーが並んでいるのでぜひ興味があれば聴いてみてください。

 

2nd single - That's What I Like

www.youtube.com

この曲は、アルバム中最も90'sの雰囲気を感じる曲です。808の打ち込みを使ったリズム、スウィングするようなメロディとサウンド。源流となるのは、90年代前半~中盤に登場したR. ケリーやベビーフェイスを思わせるような、メロディアスでありながらヒップホップのようなリズミカルなテンポをもつソウルナンバーでしょう。

私がこの曲に近いものを感じたのは、それらを源流に、90年代後半に入ってクラブシーンを賑わせたダンスチューンたちです。特に、打ち込みのリズムで連想したのが次の曲。

Destiny's Child - Say My Name

www.youtube.com

アルバムは1999年発表、『The Writing's on the Wall』収録。この曲のプロデューサーは、90年代半ば以降R&B、ヒップホップのシーンで活躍したロドニー・ジャーキンス。最初のミックスは、ビヨンセによって断られてしまったそうですが、その後再ミックスしたところビヨンセ含めメンバーからも好評で、レコーディング、シングルカットに至ったという逸話があります。打ち込みのドラムサウンドが前面に主張するまさに90's R&Bのグルーヴ。これに80年代的シンセ音で味付けすると、ブルーノ・マーズの「That's What I Like」のようになるのではないでしょうか。

 

3rd single - Versace On The Floor

www.youtube.com

この記事を書く際に、他のブログやまとめサイト等参考にさせていただきましたが、この曲に関する多くの感想は、「マイケル・ジャクソンみたい」というものでした。確かにマイケルらしさ満載の一曲です。特にブルーノの高音域が伸びるボーカルスタイルはマイケルそのものと言っていいくらいでしょう。ただ、私がこの曲を聴いて最初に連想したのは、スティーヴィー・ワンダーでした。スティーヴィーの高音域はどちらかというとミックスボイス、さらに言うならベルティング(平べったく言うと地声8割、裏声2割のイメージ)のような気がしますが、私はむしろシンセサイザーのたおやかなサウンドとメロディアスな作りに、80年代のスティーヴィーらしさを感じました。

Stevie Wonder - Overjoyed

www.youtube.com

この曲は、聴いていただくとわかるように、自然の音をパーカッションとして使っています。なので「Versace On The Floor」のようなグルーヴ感ではありません。しかし何といってもこのメロディ、そしてシンセサイザーを巧みに利用した暖かなサウンド、どこか通ずるものを感じませんか?最後転調するところも似ていたりして、曲の構成も連想させるものがあります。アルバムは1985年、『In Square Circle』収録。名盤です。

 

4th single - Chunky

www.youtube.com

オーストラリアのラジオ媒体でのみ発売されたシングルです。個人的には、この曲が最も80'sサウンドでしょうか。というのも、リズムがディスコ調だからです。シンセサイザーのメロディも、どことなくNYディスコを思わせます。この曲を聴いてすぐに連想した曲があります。ブルーノも元ネタにしたのではないかと思ってしまうほど、特にサビの作り方が似ているのです。

Michael Jackson - Baby Be Mine

www.youtube.com

作曲は、マイケルとのコラボも多いロッド・テンパートン。彼は、70年代後半のディスコ、ファンクシーンを彩ったバンド、ヒートウェーヴのキーボード、シンセサイザー担当でした。その後はこの曲のプロデューサーでもあるクインシー・ジョーンズの秘蔵ソングライターのような形で、様々なアーティストに楽曲提供をしています。ミドルテンポながら踊りやすいリズム、シンセ音のキラキラ感、ブルーノの「Chunky」と似ていませんか?私は半ばこの曲を基に作ったと信じております。アルバムは1982年発表、『Thriller』収録。未だに世界で最も売れたアルバム、歴史的名盤です。

 

5th Single - Finesse (Remix)

www.youtube.com

この曲は確実にニュー・ジャック・スウィングへのオマージュでしょう。ニュー・ジャック・スウィングとは、80年代後半から90年代前半にかけて流行ったR&Bとヒップホップを融合させる初期のスタイルのようなものです。ニュー・ジャック・スウィングというと外せないのはプロデューサーのテディ・ライリーで、彼が中心にこのような音を作り上げました。代表的なところなら、マイケル・ジャクソンのアルバム『Dangerous』です。ただ、90年代に入るとニュー・ジャック・スウィングの音も多様化してくることと、マイケル・ジャクソンを2曲連続で紹介するのは味気ないということで、別アーティストの代表的なニュー・ジャック・スウィングを貼っておきます。

 

R. Kelly & Public Announcement - She's Got That Vibe

www.youtube.com

R.ケリーというと90's中盤のR&Bというイメージが強いですが、彼のメジャーデビューはかなりニュー・ジャック・スウィング寄りのサウンドをしていました。アルバムの評価はあまり芳しくなく、その後R.ケリーはメロディアスな分野で多彩な才能を発揮していきますが、私はこの曲、キャッチーで癖になります。英語でいうところの「guilty pleasure(表立って好きとは言わないけど、実は好き)」みたいな位置づけにあります。アルバムはR.ケリー入門にはおすすめできないですが、曲はポップでハイクオリティと思います。1992年発表、『Born Into The 90's』収録。

 

終わりに

以上で(執筆段階での)全シングル曲と、その源流にある曲の紹介です。とどのつまり言いたかったことは、アルバム『24K Magic』はレトロなサウンド、グルーヴを持っており、その源流は多彩である、ということです。2018年度のグラミー賞総なめも納得の名作だと思います。まだ聴いてないという方はぜひブルーノ・マーズの最新作を、そしてぜひ源流にもさかのぼってみてください。

 

最後まで付き合ってくださりありがとうございます。それではまた次回。

Mimaの個人的2017年年間洋楽ベスト30その3 -10位~1位

こんにちは、Mimaです。

 

慌ただしくなりがちな年末、私も大晦日になって駆け込むように年間ベストの記事を書いております…。急ぐところが違うような気がしなくもないですが、そこは気にしないことにします(笑)

 

さて、ついに個人的トップ10を発表する時がやってきました。前二回の記事同様、今回もあくまでパーソナルな解釈、およびランキングです。

 

では参ります。

 

10位

Butterfly Effect - Travis Scott

www.youtube.com

ヒップホップの中でもトラップと呼ばれるジャンルに属するこの曲。「トラップ」というワードが元々ドラッグ密売所を指すものだったためか、重低音が常にブーンとなっていて、バックトラックからボーカルまでシンセのエフェクトを多用し独特の浮遊感がある、という印象。この歪んだ渦巻きのような音に一度はまると、かなり癖になる。ただこの曲は、他のトラップソングとは少しベクトルの違う雰囲気をしていて、ラップの速度もかなり遅めでメロディアスささえある。トラップホップではよくあるテーマの「俺様自慢」な内容でもなく、メインストリームのポップとしても充分キャッチーで、ラップやヒップホップが苦手な人でも入りやすい曲に思える。MVもトリッピーだがごちゃごちゃしすぎず、映像作品として観やすい。この曲のもつかっこよさに気づいたら、いつの間にかヘビロテソングの常連になっている、人を虜にする何とも言えぬ妖しさをもった一曲。

 

9位

Chinatown - Liam Gallagher

www.youtube.com

リアム・ギャラガーの新譜は、オアシスらしいというよりも、さらに原点を突き詰め、ビートルズの影響がそこかしこに感じられる作品だった。その中でもこの曲は特にビートルズの影響が歌詞にも音にも表れている。「Happiness is still a warm gun」というフレーズは確実にビートルズの「Happiness Is A Warm Gun」という曲からきているだろうし、「警官たちが乗っ取っていった/みんながヨガをしている間に」という部分もビートルズのインドでの瞑想の時期と、サイケデリックブームでドラッグによる逮捕者がミュージシャンでも続出した時代を指していると取れる。アコースティックギターによる旋律はポール・マッカートニーっぽいし、ボーカルへのエコーのかけ方や後半音の層が分厚くなってくる部分はジョン・レノンによるサイケデリックな音作りを連想させる。MVでマンチェスター・アリーナでのいたましい爆発事件に対する「私たちはマンチェスターとともに立ち上がる」というメッセージを映すとともに、同じマンチェスター市内にあるチャイナタウンをリアムが歩き「チャイナタウンの街に連れて行ってくれ/君がそこを知ってるってことを示してくれ」と歌う部分では、リアムの地元愛と社会に対する危機感と希望の同居したメッセージを提示してくれる。ビートルズが「Blackbird」や「All You Need Is Love」で、ポピュラー音楽の中で社会的メッセージを発したように、リアムもまたその魂を受け継ぐ名曲を作った。メロディとボーカルがダイレクトに心に訴える傑作だ。

 

8位

Symphony feat. Zara Larsson - Clean Bandit

www.youtube.com

曲単体でも、MVとセットで聴いても最高に美しい曲だ。MVが歌詞の解釈を広げるという役割も担っていて、ネットやテクノロジーの発達で映像と音楽の距離がどんどん縮まっている21世紀のポップシーンにおいてお手本のような相互関係になっている。曲は、クリーン・バンディットの得意とするクラシカルなダンスチューンだが、シンセサイザーによるドラムや鉄琴の音に生のピアノとオーケストラの音がバランスよくアレンジされていて、より洗練されたサウンドを確立している。そしてザラ・ラーソンによるパワフルなボーカルだ。サビに向けて徐々に高揚感と緊迫感を増していき、入ると同時に一気にボルテージを上げるパートは、曲の説得力を増すとともにザラ・ラーソンの類い稀なる歌唱力を見せつける最高のパフォーマンスだ。感動し、癒され、涙する、非常にエモーショナルな一曲。

 

7位

Sign Of The Times - Harry Styles

www.youtube.com

私が今年最も泣かされた曲、それがこれだ。5分半を超える曲をシングルとして持ってきたハリー、相当自信があったのだろう。それもうなずける感動的なバラードだ。ハリーはローリング・ストーン誌のインタビューでこの曲についてこう語っている。「"Sign Of The Times"は『私たちが困難な時期にいるのはこれが初めてではないし、これが最後になることもないんだ』という観点からきている。この曲はちょうど子供を産むときの母親の視点のような場所からきている。でもそこで問題が起きるんだ。母親は『子供は無事です、でもあなたは難しいでしょう』と聞かされるんだ。母親は残された5分間で子供に伝えるんだ。『前を向いて進め、乗り越えるんだ』って」。ハリーが静かに、語り掛けるように歌いだし、子供が、広くとらえればこれからの世代が直面するであろう疑問を投げかけ、曲のクライマックスで「私たちは充分に話し合わない/もっと心を開かないとならないんだ/抱えきれなくなる前に」とブリッジの最初で歌い、最後は力を振り絞るように「この状況から抜け出さないとならない」と叫ぶ。一対一の対話形式で、ハリーは聴く者一人ひとりに語り掛ける。70年代のベルリン時代のボウイを思わせる幾層にも重なるサウンドから、その音の壁をぶち破るように歌うこの曲に、ハリーの魂を感じる。この文章を書いている今も、私の目はすでに涙で曇り始めている。

 

6位

Moonlight - Grace VanderWaal

www.youtube.com

12歳でアメリカのオーディション番組『アメリカズ・ゴット・タレント』に登場、ウクレレの弾き語りで自作曲を披露しゴールデン・ブザーを獲得、そのシーズンを見事優勝したのはもう有名だろう。そして彼女がEPを1枚出したのち、弱冠13歳でのデビューアルバム『Just The Beginning』のリードシングルとして発表されたのがこの曲だ。作詞作曲にはもちろんグレース・ヴァンダーウォール本人が携わっており、ウクレレも弾いている。13歳でこの歌詞と表現力はもう圧巻としか言いようがないものだ。本人いわく「よく知っていると思ってた人が自分の目の前で不自然に変わっていくのを見て、彼らを元の姿に戻そうとする曲」と語っている。壊れゆく友人の姿を「ガラスの人形」に例え、「彼女の友達はみんな大丈夫だと思っているけど、彼女がもう壊れそうなのが透けて見えるの」と語る歌詞を13歳で書いてしまうことに、感銘を受けるとともに恐怖さえ感じる。コーラス部分で「あなたが去年こう言ったのを覚えてる/ずっと一緒にいて絶対に離れないって/あなたの瞳が放つ輝きに/月明りの中踊っているような気分になった」と歌うグレース。どうやら彼女が曲を書いているということは彼女がテレビに出るまで友人たちは知らなかったようで、もしかして自分自身のことを歌っているのか?と考えてしまうと、その言葉と声の繊細さに末恐ろしさを感じてしまうのは私だけだろうか。でもこのアルバムはタイトルの示す通り「ただの始まり」に過ぎないのかもしれない。あくまでアーティスト、グレース・ヴァンダーウォールの序章であるならば、今後の期待がここまで大きいアーティストは他にいないだろう。

 

5位

HUMBLE. - Kendrick Lamar

www.youtube.com

ケンドリック・ラマーの安定感というか、安心感に近いものはどこから来るのだろう?彼の生い立ちも想像を絶する過酷なもので、この曲が収録されているアルバム『DAMN.』が半自伝的な要素をもつ作品ならば、彼が壮絶な経験を乗り越えたどり着いた一つの決着というか、彼の信条を提示するものなのだろう。近年はヒップホップも多様化し、特にメロディックな要素の強いトラップがチャートに入ることが多い印象だが、トラップというと基本テーマは女、酒、金といった感じで、過酷な人生を経て昇りつめた現在を謳歌する、そんな姿勢にも思える。しかしケンドリック・ラマーの新譜、およびこの曲は、ミニマルなビートとピアノをベースに最低限の音で作られたバックトラックに、韻を踏み、ストーリーを語り、メッセージを主張する、90sギャングスタラップに近いアプローチをとっている。つまりビートも歌詞も、トラップのそれより攻撃的で強烈なのだ。しかし、この曲のリリックは実際に誰かや何かを攻撃するものではない。彼は「humble=謙虚」なのだ。そんな悟りを開いてしまったかのようなケンドリックがこの曲で発するメッセージは、とどのつまりサビで繰り返される「sit down, be humble(座ってろ、謙虚になれ)」ということなのだろう。父親が子供に諭すようなメッセージだ。だからこその安心感なのかもしれない。

 

4位

Woman feat. The Dap-Kings Horns - Kesha

www.youtube.com

拒食症によるリハビリ入院や、プロデューサーとのセクハラ裁判等、音楽活動もままならない不遇の時期を乗り越えたケシャ。その名前からドルマークは消え、本名のファーストネームである「Kesha」としてカムバックしたアルバム『Rainbow』からのプロモーショナル・シングル。1stシングル「Praying」で自らの苦悩と向き合い、相手に対して「神にしか赦すことのできないこともあるの」と怒りや許しといった感情を手放し、新たな始まりを歌ったケシャ。2ndシングル「Learn To Let Go」ではタイトル通り、自分を苦しめる過去の記憶を学びに変えることで再び立ち上がったことを宣言。この2曲の間にプロモーショナル・シングルとして発表されたのが「Woman」だ。ドナルド・トランプの女性蔑視発言へのプロテストとして書かれたというこの曲は、The Dap-Kings Hornsというホーンセクションをフィーチャーし、ジェームズ・ブラウンやアトランティック・ソウルの影響を感じさせるファンク・ソウルナンバーであるとともに、「男の抱擁なんていらない」「私は今夜女性たちと楽しく過ごしてるのよ」と、女性として、また一人の人間として自立し、自分が仲間と感じる人たちとともに日々を謳歌する姿が歌われる。もうケシャは「Animal」でも「Warrior」でもなく「motherfucking woman」として自らの道を突き進むのだ。彼女の今後の活躍を祈りたいが、私があえて祈らなくても、彼女は道を切り開いていくのだろう。そんなケシャのパワーに、ただ圧倒される最高にかっこいい一曲だ。

 

3位

Homemade Dynamite - Lorde

www.youtube.com

ロードの新譜『Melodrama』は、個人的2017年ナンバーワンのアルバムだ。アルバム全体で一つの作品としてまとまっているのはもちろん、鑑賞後に何とも言えぬ余韻が残る、そんなアルバムは生涯聴いてきたアルバムの中でも数少ない。そのアルバムの中の中でも特に惹かれたのがこの曲。アルバムを通して「パーティでの一夜」という大まかなコンセプトを基に10代後半特有の虚無感にスポットを当てた作品だったが、この曲は、虚無感とそれへの一時的な埋め合わせ、そしてその埋め合わせ自体がもつ虚無感という心理的パラドクスを、その場で出会った男性にアプローチしつつ「手製のダイナマイトでいろいろと爆発させたい」という衝動性で的確に表現している。ロードの歌声は力強くも脆く、歌詞は散文詩的な要素を増し、空白の部分が多い。そのパワフルさと脆さ、言葉にならない空白の部分にこそどうしても埋められない虚無感が表れているのだ。そんなロードの思いを反映してか、バックトラックにも空白の部分があり、ロードの声を引き立たせるとともに、曲全体のトーンとしての空虚感を増す効果になっている。ポップアーティストでありながら、唯一無二の世界観を展開するロードにしかできない離れ技だ。

 

2位

Hard Times - Paramore

www.youtube.com

エモバンド、パラモアのボーカリストとしてエモ界では珍しかった女性フロントの代表格となった頃、ヘイリー・ウィリアムズはまだ10代後半だった。その後パラモアはバンドメンバーとの確執、脱退、メディアによりヘイリーへのバッシング、著作権の訴訟、といった苦難を経験してきた。「何度もバンドを辞めたくなった」と語るヘイリーが、パラモアとして発表したニューアルバムは、サウンドと歌詞の両面から過去のパラモアと決別した作品だった。この曲はそんなアルバムからのリードシングルで、エモやパンクの要素は全くなく、80年代初期のディスコ、ニューウェーブを思わせるポップでダンサブルな曲だ。今までのパラモアからは想像もできないほどカラフルなナンバーだが、歌詞はこれまでになくダークで内向的だ。「辛いとき/なんで自分がまだ挑戦しようとしてるのかわからなくなる/辛いとき/私を突き落として泣いているときに嘲笑する」と、孤独な戦いを赤裸々に歌いつつ、コーラスの最後で「底打ちしなきゃならないんだ」と、叫んでいるとも開き直っているとも取れるような勢いでポップに締めくくる。どん底は経験した、辛い時期はまだ終わっていない、でも自分はパラモアの一員として再出発するんだ、というヘイリーの決意が感じられる。悩んでいるとき、苦しいときにこそ聴きたくなる共感的な応援歌だ。

 

1位

Sorry Not Sorry - Demi Lovato

www.youtube.com

今年のアメリカン・ミュージック・アワードでも披露され印象的なパフォーマンスとなったこの曲。SNSで彼女に向けられた心無いヘイトの数々。落ち込み、傷ついただろう。しかし彼女はヘイトに対して、怒りや悲しみといった負の感情で返すことはしなかった。彼女が最新作『Tell Me You Love Me』からのリードシングルとして発表したこの曲は、彼女にヘイトを向ける人々に対し「ごめんね、哀れにも思わないわ」と言ってのけ、最高にポップな曲調と、最高にハッピーなホームパーティのMVで最高に楽しんでいるデミ・ロヴァートを見せつけたのだ。その姿は、レイトティーンの頃のアルコール依存やその後のメディアバッシングも乗り越え、さらにSNSでのヘイトも乗り越えたデミだからこそたどり着くことのできた強さに満ちている。彼女のボーカルもこれまでになく自信に満ち溢れているし、MVの彼女は過去最高に輝いている。ここまでの道のりは長かっただろう。しかし、その暗く長いトンネルを抜けたとき、その人が本来持っている魅力を最大限に発揮できるのだ。そしてそのパワーは、リスナーの元に時と場所を越えて届くのだ。私が今年度ナンバーワンに選んだこの曲は、私が今年を生き抜くパワーをくれた、最高に明るいペイバックの曲だ。

 

Mimaの個人的年間洋楽ベスト30はこんな感じです。みなさんはどうでしたか?よく「音楽は人生のサントラ」と言われますが、その時その時自分が聴きこんだ曲、救われた曲、楽しんだ曲は、生涯の宝になると思っています。今回私が挙げた30曲は、今年の私のサントラです。このブログを読んでくださっているみなさんにも、音楽に限らず、今年の思い出になるような作品との出会いがあったらいいな、と思いつつ、これを今年最後の記事とさせていただきます。

 

読んでくださった方ありがとうございました。来年もゆるりと続けていきますのでよろしくお願いします。

 

では、よいお年を。

Mimaの個人的2017年年間洋楽ベスト30その2 -20位~11位

こんにちは、Mimaです。

 

前回の記事で今年度の洋楽の個人的ベスト30その1として、30位から21位までを紹介しました。今回はその続きです。

前回同様、私個人の趣味趣向や解釈ですので、パーソナルな思い入れも多分に入っております。温かい目で読んでいただければ幸いです。

 

それでは参ります。

20位

Lust For Life feat. The Weeknd - Lana Del Rey

www.youtube.com

自らを「ギャングスタスタイルのナンシー・シナトラ」と名乗るラナ・デル・レイと、R&Bからヒップホップを基盤にポップなセンスとどことなくアウトローなイメージが同居するザ・ウィークエンド。60年代のバロックポップ的荘厳さとノスタルジーを持ちつつドリーミーで官能的なサウンドに、ラナのソフトでウィスパーなボーカルと、ザ・ウィークエンドのファルセットが絶妙に絡み合う。ラブソングであり、二人がバランスよくリードをシェアするスタイルも60sの夫婦デュオを思わせるが、歌詞の内容はハリウッドの名声から至近距離のセクシャルな掛け合い、そして名声の堕落までを思わせるメランコリックな内容で、10年代のポップソングとしてはかなり「アウトロー」。この二人だからこそできた美しさと儚さは、癒しにさえなる、そんな曲。

 

19位

New Rules  - Dua Lipa

www.youtube.com

イギリス出身の22歳で早くから評論家や音楽ファンの注目を集めていたデュア・リパ。LGBT層にも支持の厚い彼女は、特定の層に媚びることなく自分に正直なスタイルが魅力だ。この曲も、フォーミュラに沿った親しみやすいポップソングでありながら、今までにない失恋ソングだ。ただ落ち込むのでもなく、ただ怒りをぶつけるのでもなく、未練のある彼氏に惑わされないよう自らにルールを課していく。失恋という大きなショックを乗り越える際に心を切り替える指針、というテーマは男女問わず共感できる内容だ。そんな時に頼りになるのは似たような感情を共有できる同性の友達で、デュア・リパの女友達が彼女のルールに従って励まし、最後のヴァースで今度はリパが励ます側となる、そんなMVも魅力的。ガール・ネクスト・ドアな親しみやすい見た目だが、かなりディープでソウルフルな歌声の持ち主。今後の活躍が楽しみなアーティストの才能を証明する作品。

 

18位

Rooting For You - London Grammar

www.youtube.com

イギリス、ノッティンガムで結成された3人組インディー・ポップバンド、ロンドン・グラマー。女性ボーカル、ハンナ・リードの深くハスキーな声と、フローレンス+ザ・マシーンを思わせる壮大なつくりながらよりミニマルな音でメロディとボーカルの力を最大限に引き出す、そんなバンド。MVバージョンは、前半がアカペラになっており、よりボーカルを前面に出すアレンジで、ハンナの説得力に満ちた歌声が堪能できる。プロデュースは先述のフローレンス+ザ・マシーンやポール・マッカートニーも手掛けたポール・エプワースで、彼の手腕が光る美しいバラード。聴くたびに心に染みる名曲。

 

17位

Wolves - Selena Gomez & Marshmello

www.youtube.com

歌手、女優と多方面で活躍するセレーナ・ゴメス。彼女は新曲を出してくる度に本当に驚かせてくれる。ウィスパーからパワフルに張り上げる声量や音程のコントロールはもちろん、曲のテーマやサウンドに合わせて声で感情をしっかり表現できる数少ないボーカリストの一人。今回連名でコラボしているマシュメロは、正体不明のDJプロデューサー(一応男性なのは確からしい)。彼が80年代を思わせる煌びやかでどこかメランコリーを感じさせるシンセサウンドを展開し、セレーナの歌唱力と相まって独特の世界を作り上げた。歌詞は様々な苦悩を乗り越えながら別れた恋人の元に戻る、という内容で、去年から今年にかけて苦悩の日々だったセレーナの心情をうかがわせる。メロディアスで神秘的な美しさをもった曲。

 

16位

Get Low - Zedd & Liam Payne

www.youtube.com

この曲、個人的には今年のサマーソングの中でも最高に好きなのだけれど、思ったほど売り上げもエアプレイも伸びなかったのが非常に残念。ゼッドはアレッシア・カーラとのコラボで一つ前のシングルの「Stay」、リアム・ペインはソロ名義での「Strip That Down」の大ヒットがあって、どちらもロングセラーになっていたので隠れてしまった印象。しかし、まさに夏にふさわしい爽やかなサウンドと、ゼッドらしい80sダンスポップを想起させるシンセのメロディ、そして何より、プリンス顔負けのエロい歌詞を甘くかすれた声で何でもないかのようにさらっと歌ってしまうリアムの「英国男子」らしいエロさが最高にセクシーで、癖になる一曲だ。夏の晴れたビーチなんかに似合いそう。

 

15位

Galway Girl - Ed Sheeran

www.youtube.com

エド・シーランの音楽の知識と、それらを全て自分のサウンドにしてしまう才能は現在のポップシーンの中でもずば抜けているのではないだろうか。最新作『÷』でも、一つのリフをベースにグルーヴで引っ張る「Shape Of You」はアコースティックに解釈したジェームズ・ブラウン的ファンクともいえるし、「Bibia Be Ye Ye」ではアフリカン・ビートを取り入れ、「Perfect」はブルース調のバラード。カントリーやフォークとヒップホップというこれまで結びつかなかったようなジャンルをルーツに、アコースティックギター一本で勝負するライブも想定したメロディとリズムの巧みな使い方。21世紀のポップシーンを引っ張るアーティストになると思っている。そんな彼の最新アルバムの中でも「Galway Girl」は私のフェバリット。私は元々ケルト音楽が好きなので、アイルランド民謡の「Carrickfergus」や、アイルランド出身のヴァン・モリソンを「Shape Of You」に次いで登場させ、フィドルの音色がアイルランドの香りを漂わせながら、エド・シーラン得意のメロディックなラップ調の歌い方で彼独自の世界を展開するこの曲はツボ。MVはアイルランド系の女優シアーシャ・ローナンとのデートをエド・シーラン目線で追うという反則技で観る者を引き込む。タイトルにもあるゴールウェイの街並みも美しい。

 

14位

Too Good At Goodbyes - Sam Smith

www.youtube.com

サム・スミスもまた、声で引き込むタイプのアーティストだ。ただ、先述のセレーナ・ゴメスは声色を七変化させる、「演者タイプ」であるのに対し、サム・スミスは聴いたらすぐにわかる独特の声と、ソウルフルな歌唱法で「表現者タイプ」と言えるだろう。恋人との別れにおける未練や喪失感を情感豊かに歌い上げるこの曲は、彼のパーソナルな内容なこともあってか、胸に迫るものがある。サム・スミスのボーカルとピアノ伴奏のみから始まり、ドラムがサム・スミスを支えるかのようにさりげなく入り、後半はゴスペル調のバックコーラスが楽曲の力強さと切迫感のあるボーカルを際立たせる。シンプルなメロディや構成で心をつかむストレートな失恋ソングなので、時代を超えて愛されるだろう名曲だ。

 

13位

Attention - Charlie Puth

www.youtube.com

名門バークレーで音楽制作を専攻したチャーリー・プースは、掴むフックを理解している人だ。この曲はデビューアルバム「Nine Track Mind」のオールドファッションで優等生なソウルから印象を変え、よりファンキーな音でキャッチーさを増したポップでダンサブルな一曲だ。リズミカルなギターやコーラス部分で縦横無尽にうなるベースラインは、シックのナイル・ロジャースやバーナード・エドワーズを思わせる。ブリッジの部分の分厚いコーラスも曲の重要なアクセントの機能を果たしている。そして「君は注目がほしいだけだ/ぼくの心なんて興味ないんだろ」と言いつつも、「今こうしてぼくらは面と向かって立っている/もう君が勝っているのはわかってるんだろ」と未練たっぷりな歌詞は非常に親しみやすく、チャーリー・プースの人柄を物語っているように思える。MVでは女優のサマラ・ウィーヴィングがチャーリー・プースを誘惑する役柄で登場。彼女が目の前に立っていたら勝てないよなあと妙に共感してしまうMimaなのでした。

 

12位

Want You Back - Haim

www.youtube.com

姉妹バンドハイムによる80年代の雰囲気漂うミドルテンポのラブソング。なんといってもドラムサウンドが特徴的で、80年代のドラムマシンのような手拍子音や随所にはいるリズミカルなドラムビートが80s後期のポップロックを思わせる。姉妹らしい息の合ったコーラスと、「戻ってきてほしい」と去ったパートナーへ素直な思いを打ち明ける歌詞は普遍的で、失恋後はもちろん、どんな状況でも聴けるアクのないポップチューンとなっている。

 

11位

Your Song - Rita Ora

www.youtube.com

このシンセによるマリンバサウンド、何か思い出させないだろうか。実はこの曲、エド・シーランとスティーヴ・マックという「Shape Of You」に携わったコンビによる曲なのだ。跳ねるようなシンセマリンバから入るリタ・オラのボーカル。デビュー時、そのボーカルスタイルとセクシーなルックスから、「イギリスのリアーナ」と呼ばれたりしていたが、この曲ではソウル感は控えめで、抑制されたボーカルを聴かせる。サビに入るとバックトラックも厚みを増し、重厚なバックコーラスが入る。エド・シーランの声もはっきりと聴きとれる。歌詞の内容は恋人と一夜を共にした翌朝を女性の視点から描いている。曲の展開は「Shape Of You」のそれとほぼ同じ構造。これは私の推測だが、「Shape Of You」でエド・シーランが「心も惚れかけているけど/君の身体が好きなんだ」と歌い、ストーリーとしては初デートも華僑に入りタクシーに二人で乗り込むところで終わっている。リタ・オラの「Your Song」は先述のように恋人の家で朝を迎えるところから始まる。「またあのレコードをかけて」というフレーズや「本気で惚れてしまったのかもしれない」というところから考えると、この曲は女性目線による「Shape Of You」の続編なのではないか?と思えてくる。シンプルな構成とキャッチーなフックで、聴くものを虜にする曲だ。

 

今回はここまで。次回はトップ10です。

 

ではまた。

Mimaの個人的2017年年間洋楽ベストその1 -30位~21位

こんにちは、Mimaです。

音楽や映画が好きな自分にとって、雑誌や著名ミュージシャンが毎年年の瀬に挙げる年間ベストは、読んでいて面白いものがあります。自分と感覚が合えばうれしいし、合わなくても別の視点を提供してくれるし、知らないものがあれば「おさえておこう」となる、自分が芸術を鑑賞する際の視野を広げてくれるものです。

 

最近では、ブログやツイッター等で個人が年間ベストを発信することも多くなってきました。これも上記の理由はもちろん、「一ファンの個人的な感覚」に直に触れることができて面白いな、と思っています。業界と直接つながってないからこその正直な感覚には、パーソナルな思い入れが反映されていて、違った楽しみ方を感じつつ読んだりしています。

 

そこで私も僭越ながらその流れに乗ってみることにしました。今年はあまり新作映画を観れていないので、比較的チェックしている洋楽に絞って、年間ベスト30を決めてみました。楽曲へのコメントはすべて個人的な見解であり、ランキングも個人的な好みなので、「一洋楽ファンのたわごと」くらいの感覚で読んでいただければ幸いです。

 

 30位

Run For Cover - The Killers

www.youtube.com00年代前半からアメリカのロックシーンを牽引してきたバンド、ザ・キラーズの最新アルバム『Wonderful Wonderful』からの2ndシングル。80sニューウェーブ的キャッチーさと、ファストで疾走感あふれるメロディが見事。歌詞は、DVを受ける女性に「逃げられるうちに逃げろ、自分のために」とうたっているが、ただの励ましソングでは終わらない。アメリカの黒人ボクサーで、その生きざまと突然かつ不信な死が今なお様々なメディアで取り上げられるソニー・リストンと、彼が夜道で拳を上げて歌うボブ・マーリーの「Redemption Song」のモチーフ。二番に入ると語り手の母親が登場し、彼女は逃げきれず命を落としたことが暗喩される。そしてコーラスでこう締めくくる。「振り返るな、身を守るためにひたすら逃げろ」と。MVも歌詞の女性とシンクロしつつ、最後に逆転のカタルシスが待つ。ブランドン・フラワーズの精神性にあふれるパワフルな名曲。

 

29位

Havana feat. Young Thug - Camila Cabello

www.youtube.com

キューバハバナで生まれ、5歳でマイアミに移り住んだカミラ・カベロ。マイアミといえば、80年代に起きたマイアミ・サウンド・マシーンを筆頭とする「ファンカラティーナ」のブームの中心地でもあり、ヒスパニック系移民の多く住む場所だ。フィーチャリングのヤング・サグはジョージア州アトランタ出身。この二人のロマンスの掛け合いを軸に、「私の心は半分ハバナにあるの」とカミラがコーラスで歌う。60年代のハリー・べラフォンテを思わせるミッドテンポなカリプソ風のグルーヴに、カミラのしっとりとしたボーカルが絶妙にマッチする。MVも60年代初期のハリウッドクラシックを思わせる見事な仕上がり。

 

28位

Thunder - Imagine Dragons

www.youtube.com

ロック不遇の時代と言われる昨今。確かにヒットチャートにバンドスタイルのアーティストは少ないし、彼らがチャック・ベリーエルヴィス・プレスリーから始まりビートルズローリング・ストーンズのようなロックンロールサウンドを展開しているかと言われるとそうでもないことのほうが多い。ではロックは死んだのか。私はそうは思わない。エレキを鳴らさずとも、ロックに大切なのは魂、スピリットだと思うのだ。ボーカルのダン・レイノルズがAメロとBメロで歌う内容は、幼少期の鬱憤、「お前は普通だ」「ビッグスターになろうなんて何様だ?」と嘲笑された学生時代、そして彼は「おれは稲光から雷になったんだ」とコーラスで歌う。「Thunder, feel the thunder / Lightning then the thunder」というシンプルな繰り返しは鑑賞者、特にライブではシングアロングとして観客と一体化するだろう。そしてこのフレーズの間に入る「ドン!ドン!ドン!」と鳴るドラムビートは、さらに曲のテンションをヒートアップさせる。ギターソロはない。リズムトラックをベースにヒップホップ的アプローチで作曲された曲であり、三分程度のいわゆる「ポップソング」だ。しかし同時に、新しい時代のロックアンセムでもある。

 

27位

Slow Hands - Niall Horan

 

www.youtube.com

1Dのメンバー、ナイル・ホーランによるソロ1st『Flicker』は、時代に逆行するかのようなメロウでアコースティックなナンバーであふれていて、大勢のブレーンが携わって1曲の音をしっかりプロデュースするのが当たり前になった今、そよ風のような優しい響きをもった嬉しいサプライズだった。「70年代のフリートウッド・マックイーグルスを参考にした」というアルバムの中で、少しエレクトリックな響きを持つのがこの曲だ。とはいえ、電子音で構成されたわけではなく、生の楽器を人間が演奏しているのは変わらない。ナイルいわく、80年代初期のドン・ヘンリーのファンキーな楽曲をイメージしたらしい。道理でアルバム内で浮くこともなく、シングルとしてしっかりチャートインするパンチを持った曲になったわけだ。「女の子に誘われる」というセクシーな内容をソフトにさらっと歌い上げるナイルのボーカルも素晴らしい。

 

26位

...Ready For It? - Taylor Swift

www.youtube.com

アメリカでは早くも「2017年もっとも売れたアルバム」になり、世界中のファンが待ち望んでいたテイラー・スウィフトの新譜『reputation』。1stシングル「Look What You Made Me Do」で「昔のテイラーは電話に出られないの。なぜって?彼女は死んだからよ」と、ニューテイラー誕生を予告、MVでも「rep」の文字の服をまとい頂点に立つテイラーが、過去のMVのテイラーを『バイオハザード』に出てくるようなレーザーに蹴落としていたのが印象的だった。そしてこの2ndシングルで、アグレッシブなビートにラップのような韻を踏んだ歌詞をたたみかけるように繰り出し、聴き手にこう問いかける。「準備はいい?」。強烈なシンセバイブは流石のマックス・マーティンによるプロダクション。また、初期のころからの、文学、映画、音楽等から引用し巧みに再構築して自らの世界観を築く作詞スタイルは健在で、Aメロでは『オペラ座の怪人』から『V・フォー・ヴェンデッタ』、Bメロではシェイクスピア原作の映画『じゃじゃ馬ならし』のジェンダーロールを入れ替えつつ、当時夫婦だったリチャード・バートンエリザベス・テイラーに絡めたワードプレイ等そのセンスは冴えわたっている。アルバム内に頻出する「dream」「game」といったワードも登場し、本格的にニューテイラーの誕生を宣言した。最早死角なしのニューテイラーの今後に期待が高まるクールな一曲。

 

25位

Holy Mountain - Noel Gallagher's High Flying Birds

www.youtube.com

ノエル・ギャラガーの新譜、そしてこの1stシングルは、オアシス的ブリットポップを根底に持ちつつも、そことは真逆に位置するようなフィル・スペクターオーケストレーションで、60年代後半のバロック、サイケ黄金期のような風格を携えたポップチューンだ。自分の予想とかけ離れていたので聴き始めは正直戸惑ったが、聴いているうちにノエルらしいメロディだなあと思い始めた。おそらくここに至ったらノエルの思惑通りなのだろう。常にコアとしてきた60sへの新たな解釈であって、路線変更を試みたわけではないのだ。歌詞もラブソングであるということはわかるが、1969年が出てくるようにサイケデリックな言い回しで単純な愛のメッセージではない。好き嫌いは分かれるだろうが、ノエルが稀代のソングライターであることは紛れもない事実だということを証明してくれる一曲。

 

24位

I'm The One feat. Justin Bieber, Quavo, Chance The Rapper & Lil Wayne - DJ Khaled

www.youtube.com

DJキャレッドといえば、今年を代表するサマーヒット「Wild Thoughts」の人気がいまだ衰えないが、個人的にはこちらの曲のほうが好きだ。DJキャレッドがこの曲でやってのけたのは、トロピカル・ハウス的トラックをベースに、トラップ界のラッパークエヴォ、ゴスペルとソウルをルーツにサザン・ソウルを継承するラッパーであるチャンス・ザ・ラッパー、ギャングスタラップの時代から変化するヒップホップ界を独特のスタイルで生き抜いてきたリル・ウェインというバックグラウンドの異なるラッパーに、クエヴォが5分で書き上げたという歌詞をもとにマイクトスをしていくオールドスクールなスタイルをブレンド。さらにコーラスにジャスティン・ビーバーの甘くソフトなボーカルを入れることで、ダイレクトにマイクトスを繋げずワンクッション挟んだポップソングとして成立させたのだ。70年代終わりから始まったヒップホップ、ラップの歴史を総まとめしながら、現役のラッパー、そしてポップスターそれぞれに見せ場を与え、「I'm The One」と言わせたのだ。そしてDJキャレッドを含め、ここに登場するアーティストたちがそれぞれの分野で「The One」的人気を誇る人たちなのは言うまでもない。

 

23位

Los Ageless - St. Vincent

www.youtube.com

このサウンド、この歌詞はセイント・ヴィンセントにしか描けない世界観。デヴィッド・ボウイケイト・ブッシュを影響を受けたアーティストに挙げ、ボウイの曲でお気に入りは、アルバム『Scary Monsters (And Super Creeps)』のオープニングトラックである「It's No Game (Part One)」だと言うのだから実験性と最先端のポップスの融合であることは紛れもない事実。それでいてオールドファッションでもあり、ロック、ジャズ、サイケデリック等様々な要素を感じ取れるのだが、「どんな音楽?」と聞かれると、「セイント・ヴィンセント」としか答えられないのである。しかも、アルバムを出す度にサウンドや歌詞の世界観は変化し、トーキング・ヘッズデヴィッド・バーンとのコラボアルバムなど既存の枠にはまらないスタイルでありながら、やはり「セイント・ヴィンセント」であり「ポップ」なのだ。正直自分でも言っていることがわからないのだけれど…。もう曲を聴いて、アルバムを聴いて、各々に解釈をゆだねるしかないのだと思うし、そういった作品作りが許される類い稀なポップ界の才人なのだ。この曲も、「Los Angeles(ロサンゼルス)」と「Los Ageless」をひっかけ、ショービズ界における年齢、美的イメージを歌いつつ、その中でかき乱される人間関係、恋愛、そして自らのアイデンティティ…少なくとも私はそう解釈している。だが、おそらくこの曲にもダブルミーニングや引用、ワードプレイがいたるところにちりばめられていると思うので、あくまで一つの解釈である。いずれにせよ、彼女がポップス界で突出したセンスを持っているのは確かだろう。

 

22位

Reggeaton Lento (Remix) - CNCO & Little Mix

www.youtube.com

ルイス・フォンシの「Despacito」を筆頭に今年巻き起こったラテンポップ、レゲトンブーム。スペイン語圏やアメリカのラテンチャートでヒットしたオリジナルに英語詩を加えるリミックスも作られ、ラテンチャートとHot 100のクロスオーバーが年間を通して起きた歴史的な年と言えるかもしれない。そんな中でもマイアミを拠点に活動するヒスパニック系ボーイズバンド、CNCOとイギリスのガールズバンドで1Dも手掛けたサイモン・コーウェルがプロデュースするリトル・ミックスとのコラボによる「Reggeaton Lento」のリミックスは非常に完成度が高い。オリジナルに急いで混ぜたようなリミックスではなく、大胆に曲の構成を変え、CNCOとリトル・ミックスの掛け合いとしてバランスよくリミックスされた本作は、まさに人種、国境を越えた仕上がりになっていて、レゲトンのホットなグルーヴをインターナショナルなポップソングへと昇華させた。

 

21位

Bodak Yellow - Cardi B

www.youtube.com

18年ぶりにソロ名義(フィーチャリングなし)の女性ラッパーの曲がビルボードHot 100の1位に昇り詰めるという快挙を成し遂げたこの曲。ちなみに18年前の1位はローリン・ヒルの「Doo Wop (That Thing)」。つまり、ミッシー・エリオットやニッキー・ミナージュも成しえなかった偉業ということになる。この曲がなぜアメリカでここまで人気を得るのかと言われれば、それは彼女がアメリカンドリームを体現したからであろう。ストリートギャングのメンバーだったティーン時代、DVから逃れるお金を稼ぐためストリッパーとして働きつつミックステープを作り続ける日々。そしてメジャーデビューシングルでその快挙を成し遂げたのだ。文字だけ読めば非常に攻撃的なラップだが、そこに嫌味やヘイト、あるいは天狗のような見下す姿勢はなく、自ら血と汗と涙を流しながら夢を追う姿と、その夢を実現した自分を冷静に見つめ、それらをイーストコーストのギャングスタラップのようなニューヨークアクセントと、fワードbワードをリズミカルに織り交ぜ、トラップ的でありながらミニマルなバックトラックでラップが生える音の隙間がある。21世紀のラップクイーン誕生の瞬間かもしれない。

 

今回はここまで。次回は20位から11位を挙げていきます。

 

ではまた。

12月25日~1月25日公開の気になる映画その1 -年末年始は何を観る?

こんにちは。Mimaです。

今回は、私の独断と偏見で、今月25日から来月25日の間に公開される映画で気になっているものを紹介します。

いわゆる「年末映画」「お正月映画」商戦の時期。おそらく既に公開されている『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』あたりは言わずもがな年末年始商戦に絡んでくると思うので、ここでは取り上げません(ちなみに未見です…。)。25日からなのは、純粋に25日に小遣いが入る、というのもありますが…。

 

さて、本題に入ろうと思います。

 オール・アイズ・オン・ミー

ポスター画像

http://eiga.com/より引用

90年代ウエストコースト・ヒップホップ界における伝説的存在であり、ギャングスタラップの代表格、2PACの生涯を描いた伝記映画。ラッパー、詩人、アーティスト、パフォーマー、活動家としてのちのアーティストにジャンルを超え影響を与え続ける彼の伝記ものとなれば、90sヒップホップファンは注目必須の映画になりそう。

予告編はこちら

www.youtube.com

ちなみにこの予告編で流れる曲は2PACの代表曲、「California Love」は、映画のタイトルでもあるアルバム、『All Eyez On Me』に収録されている曲(リミックスバージョン)。テレビ等で流れることの多いミュージックビデオはオリジナルバージョンで、2PACが亡くなった後発売されたコンピレーション『Greatest Hits』に収録されたバージョン。映画『マッドマックス/サンダードーム』の世界観をもとにしています。

www.youtube.com

https://www.amazon.co.jpより引用

 

ちなみに映画の監督、ベニー・ブームも50セント等ヒップホップ系アーティストのミュージックビデオを撮っており、題材的に縁の深い監督なので期待です。

12月28日公開

 

キングスマン:ゴールデン・サークル

ポスター画像

http://eiga.comより引用

 

前作で007シリーズへ盛大にオマージュをささげつつ、ハイテンションなバイオレンスと音楽で話題となった『キングスマン』の続編。監督はマシュー・ヴォーンが続投、主要キャストももちろん続投、新キャストもジュリアン・ムーアハル・ベリー等豪華で、どんな役どころか気になるところ。予告編もやっぱりハイテンションで、フランク・シナトラの「My Way」をバックにド派手なアクションシーンが矢継ぎ早に出てくるので、さらなる世界観の拡大が期待できそう

www.youtube.com

1月5日公開

 

Z Inc. ゼット・インク

場面カット

http://eiga.comより引用

「未体験ゾーンの映画たち 2018」最大の目玉作品と勝手に思っております(笑) 主演はドラマ『ウォーキング・デッド』のスティーヴン・ユァン。ヒロインにNetflix映画『ザ・ベビーシッター』や、チャーリー・プースの「Attention」にも出演したサマラ・ウィーヴィング(ヒューゴ・ウィーヴィングの姪)。個人的にサマラ・ウィーヴィングを推しているのもあって見逃せない作品!

監督は『エヴァリー』でサルマ・ハエックをこれでもかと痛めつけたジョー・リンチということもあって、予告編からウルトラバイオレンスの予感。メタスコアは13人の評論家の平均点62点。ホラーやコメディ等、ジャンル映画には厳しい評論家も納得の(?)作品とあって期待値はMAXです!

日本版予告編まだ公開前なのでオリジナル予告編を

www.youtube.com

1月6日公開

 

ブリムストーン

ポスター画像

http://eiga.comより引用

西部劇でありスリラーであり、「愛と暴力と信仰を巡る」なんて言われたら、もう興味を引かれずにはいられません(笑) ガイ・ピアースが屈強で怪しげな牧師、ダコタ・ファニングが言葉を話せない助産師という設定もさることながら、予告編から漂う緊迫感と、予想不能なストーリー、炎のモチーフ等気になる要素が満載。監督はオランダ人のマルティン・コールホーヴェンという人らしい。彼の過去作は未鑑賞だが、オランダ人監督で「愛と暴力と信仰」をテーマにすることが多いポール・ヴァーホーヴェンと名前が似ているのも期待できる要素の一つか??

www.youtube.com

1月6日公開

 

今回はここまで。さらに情報が出てきたらその2を作ります!

ではまた。

 

12月14日全米トップ40 THE 80'S DELUXE EDITION 感想-ミラーボール輝く80年代初頭の輝き

 

お久しぶりです。Mimaです。

前回の記事から2か月以上…大真面目に『バーニング・ムーン』を考察して満足してしまっていましたが、少しブログ名と紹介をいじって、ゆるっとした記事をゆるっと更新していこうと思いますので今後ともよろしくお願いいたします。

 

今回は、ラジオの感想です。90年代生まれの私は全米トップ40が放映されていたころの作品はリアルタイムで聴けていないのですが、魂は80年代に置いてきたと信じております(笑) 前回の放送は1982年12月4日のチャートでしたが、聴いていて落ち着きますなあ…と生まれてもいないはずなのに青春に回帰した気持ちになっております。

以下は、音源が流れた曲のリストです。例によって40位から11まで4曲ピックアップ、そしてトップ10に入るという流れでした。

Let's Go Dancin' (Ooh La La La) / Kool & The Gang

You Got Lucky / Tom Petty & The Heartbreakers

You And I / Eddie Rabbitt and Crystal Gayle

Southern Cross / Crosby, Stills & Nash

Muscles / Diana Ross

Dirty Laundry / Don Henley

The Girl Is Mine / Michael Jackson & Paul McCartney

Steppin' Out / Joe Jackson

Up Where We Belong / Joe Cocker & Jennifer Warnes

Heartlight / Neil Diamond

Maneater / Daryl Hall & John Oates

Mickey / Toni Basil

Gloria / Laura Branigan

Truly / Lionel Richie

 

大物だらけですね…私の大好きなローラ・ブラニガンの「Gloria」は、ライオネル・リッチーに阻まれて2位までしか上がれなかった曲。相手がリッチーの得意とするバラードで、かつ名曲なので仕方ないか…とも思いつつ、1週くらい逆転してほしかったと思ってしまいます。しかし、リッチーの「Truly」と逆転して1位を獲得したのはこの週3位のトニー・バジルだったのでした…というオチ。

 

 

 Mimaのピックアップ・ナンバー

www.youtube.com

音楽のラジオやアルバムを紹介するときには毎回1曲、ピックアップ・ナンバーとして紹介します。今回はダイアナ・ロスの「Muscles」!82年だからまだMTV創世記とはいえ、このミュージック・ビデオはオリヴィア・ニュートン=ジョンの「Physical」よりネタじゃないか??と思ってしまう内容(笑)どうやら映画『トワイライト』サーガにビリー・ブラック役で『ブレイキング・ドーン Part1』まで出演しているギル・バーミンガムのメディア初出演作なのだとか…。ごめんなさい、全くわかりませんでした。そもそも映画でのキャラクターの記憶も曖昧ですが…。なんでもボディビルの大会に出場するために通っていたジムでスカウトされたらしく、そう考えると華々しいキャリアの始まりと言えるかもしれませんね(笑)

しかしこの曲、作曲とプロデュースはマイケル・ジャクソンジャクソン5デビュー時からマイケルを見守り、一時期マイケルがダイアナお姉さんに惚れてしまったなんて話もありますが、公私ともに良き友人であった二人。そんなマイケルがダイアナお姉さんに「ゴリマッチョの美しい男がほしい!」と歌わせてしまうのも、何となくほほえましいでなはいですか(ちなみに当時マイケルが飼っていたヘビの名前が「マッスル」だったようです)。マイケル本人もクレジットなしで、しかしはっきりとバックコーラスを担当しております。

 

80年代、ミラーボールとポップの時代。後追いの私にはそんなイメージで、この曲もそんな「バブリー」な時代を象徴する一曲ではないでしょうか。

 

では、今回はこのあたりで失礼します。

映画『バーニング・ムーン』ーイッテンバッハが真面目に怒りと血をぶちまける?

初めまして、Mimaです。

真っ赤な文字ででっかくご挨拶したのは、本記事で取り上げる映画がスプラッターだから、というだけです…。このブログは、私の大好きな音楽や映画について、ゆる~く語るものです。知識が豊富なわけでもなく、文章がうまいわけでもないけれど、ひたすら「愛だけはあるぞ!!」と熱意のみを原動力に書いております。新参者ゆえ至らぬところあるとは思いますが、「熱意空回りしてるな…(笑)」みたいな感じで読んでいただけたら嬉しいです。また、感想や解釈は、あくまで私個人の私見なので、「一つの考え方に過ぎない」くらいに構えて読んでください。

 

初回に取り上げるのは、1992年ドイツ製作のホラー、スプラッター映画『バーニング・ムーン』です。

 

作品について

80年代後半、『ネクロマンティック』(未鑑賞です)を筆頭に起こったジャーマン・スプラッター作品の一派、としてコアなファンの多い作品。オラフ・イッテンバッハ監督の『バーニング・ムーン』もその流れに沿って、「ビデオ撮り、特殊効果によるリアルな残酷描写」の基本姿勢で製作された映画。ドイツ本国、および西洋圏では、完全版を入手するのは非常に困難らしい。日本では今年の3月3日に、<HDニューマスター版>として完全版のDVDとBlu-rayが発売された。

 

簡単なあらすじ

不良集団の一員で、薬物常習者のピーター(オラフ・イッテンバッハ)は、彼の両親が出かける晩に、妹のアネット(バーバラ・ヴォダージェック)の面倒をみるよう言いつけられる。ピーターは不本意ながら、妹に二つの残酷な「ベッドタイム・ストーリー」を語りだす。

 

ストーリーと考察(以下ネタバレあり)

  • 第一話「ジュリアの恋」

物語は、クリフ・パーカーという連続殺人犯が精神病院から脱走するところから始まる。話はいきなり飛んで、ジュリアという女性が、最近であったという男性とデートするのだという。レストランで楽しい会話を相手と楽しむジュリア。そして、彼の車にのり、帰宅する…はずだったのだが、流れていたラジオから、どうやらデートしていた男は最近精神病院から脱走した、あのクリフ・パーカーらしいということが、車や犯人の背格好の説明でわかってしまう。ジュリアはクリフがたばこを買いに行っているすきに、車から逃げ、急いで帰宅する。車に戻ってきたクリフは、ジュリアがいないこととラジオのニュースから、偽っていた自分の身元がばれたのを理解する。と同時に、ジュリアが忘れていった財布を発見する。そこにはしっかり身分証が入っていた。

クリフはジュリアより一足先に車でジュリアの家に到着し、ジュリアの家族を惨殺。後から到着したジュリアに「やり直そう」と血まみれで(ツッコミはNGです)迫るが、恐怖と、家族を殺された怒りから「異常者!!」と返してしまう。そしてジュリアの命も奪い去られてしまう。

というストーリーだけみると、典型的な「ソシオパスなストーカーによるスプラッター」に思えるが、脚本も兼任するイッテンバッハ監督は、実は冒頭のシーンからビルドアップを始めている。まずクリフが脱走する直前。担当の女性医師はクリフの精神的回復を信じているが、病院の院長が「あいつは治る見込みがない」と全く相手にしない。脱走の際、この二人は殺されてしまう。

もう一つ、クリフのフラッシュバックとして挿入されるシーン(全く同じカットが二回挿入される親切ぶり)、それは「クリフの祖父が目の前でクリフの母親を惨殺する」という少年期のトラウマである。クリフはこの話の最後、ジュリアに関係の修復を迫るシーンで、彼女にそのトラウマをぶちまけている。学校にも友人はおらず、心から話ができるのは母親だったというクリフ。しかしその母親は殺され、「次はお前だ!」と脅される。

振り返ると、ジュリアがクリフの正体に気付くまで、クリフはいたって普通の、紳士的な好青年だ。少し空回り気味だが「会話ができる」人に出会えてうれしかったのかもしれない。それまでは、唯一心を許せる人を奪われ、社会から「異常者」のレッテルを貼られ、病院の院長までにも見放される、そんな人生だったからだ。しかし、状況として無理もないが、ジュリアも彼に同じレッテルを貼ってしまったのだ。

私はもちろん、いかなる理由があれど殺人が許される行為だとは思わない。だが、これはあくまで「スプラッター映画」であり、ほぼイッテンバッハのセルフプロダクションに近い低予算作品であることも鑑みれば、「映画的効果」としての残酷描写の意味するところは、「抑圧、迫害への怒りと、そこからの解放」のメタファーととらえることができる。伏線の張り方は弱いが、クリフを「機械的な殺戮モンスター」にとどめず、彼の苦悩に満ちた生い立ちを描くことで、映画という「エンタテイメント」の枠内で、社会が抱える「他者化」の問題に切り込んだと言えるだろう。

  • 第二話「純潔」

物語はここからさらに複雑化していく。第一話を総括すれば「スラッシャー映画的演出で、社会から除け者にされた青年の怒りを描いた話」と言えるだろう。第二話でも、このテーマは貫かれている。そしてさらに深く切り込んでいく(自然とダブルミーニングになってしまうが)。第二話は1950年代のドイツの田舎町が舞台だ。非常に小さく、住民皆が顔見知りのようで、まさに「村社会」だ。この村で住民から一番尊敬されているのはラルフ神父である。

まず、設定について、これは今でも西洋圏で少なからず残る、非常に小さく都市部から離れている村などの風潮なのだが、カトリックの神父、つまり聖職者が、その村で一番尊敬され、一番の権力者であるという場所の設定はおさえておくべきポイントだ。この村では、女性がレイプされ惨殺されるという事件が相次いでいて、結論から言えばこの神父が犯人なのだが、村人は誰もラルフ神父を疑おうとしない。自らが殺した女性の葬儀もラルフ神父が執り行うのだが、村人は、一人を除いてみな信心深く、「聖職者が非人道的行為をする」ということは夢にもおもわない価値観を共有している。

先ほど「一人を除いて」と書いたが、この「一人」が、祈りの場で一人だけぼんやりとしているユストスという青年だ。彼は村人の中で完全に浮いた存在であり、村人たちが「当たり前」に共有する価値観を持っていないため、確実な証拠もなく「レイプの犯人はユストスだ」と村人たちに決めつけられてしまう。誰に対しても優しく接する「神父」としてのラルフは、そんな彼をかばう。

そんなラルフ神父の裏の顔、それは「悪魔崇拝者」である。実はここにも伏線があって(非常に弱いのだが)、ラルフが少年のころ、同じく神父である父から「お前も神父になるのだ」と言われ、父とともに祈りをささげる。しかしこのラルフ少年、祈る前に一瞬ためらいの表情を見せる。その後ラルフ少年の前に現れた怪物、そして渡される書物。この書物が後に悪魔崇拝の儀式に使われることから考えると、現れたのはサタンだろう。そう、ラルフ自身が、世襲的に受け継がれる信仰や、それを盲目的に「善」と捉える風潮に疑問をもっていて、そんなときにサタンから悪魔崇拝の道へと誘われたのだ。つまりラルフ少年はユストス少年とイコールなのだ。

成長し神父となったラルフは、深夜悪魔崇拝の儀式を行っていたが、自らの「社会的立場」と相反する内面の葛藤、またユストスに幼き頃の自分を見出したのだろうか、儀式ののち拳銃で自らの命を絶つ。キリスト教において自殺はタブーであるため(あくまで一般的な考えである)、おそらくラルフ神父は地獄に落ちただろう。

さて、ラルフ神父が亡くなっているのを村人が発見するわけだが、まさか自殺だとは思わない。そして、「神父を殺したのはユストスだ」となるのである。そして、金で依頼された村人の一人が、「神の名の下」ユストスを殺す。

しかし、ここでユストスにささやきかける声。彼は超自然的な力を手にし、自分を殺した村人を地獄へ落とす(ここで文字通り本作最大の「地獄絵図」が長時間繰り広げられ、それはまさに、「地獄」の映像なのだ)。

より詳しく述べると、壁に書かれる、ユストスの血文字による「666」。壁にかかっていた十字架は自然に落ち、発火する(燃える十字架はキリスト教において非常に不吉なサインとされる)。そこからの「地獄絵図」シークエンス。それが終わるとユストスは、殺された時の状態に戻っている。ここから考えられるのは、ユストスにささやきかけたのは「神」であり、ユストスの魂を用いて、「自ら(神)の名を悪用する者」を地獄に落とした、ということだ。

ストーリー展開がぎこちないのと、キリスト教のモチーフや、キリスト教保守層による村社会の風潮等、日本人には馴染みの薄いメタファーが多用されるため、地獄を描いた残酷描写の容赦のなさばかりが語られがちだが、これは第一話のテーマを、オカルトホラーの要素でよりわかりやすく描いた物語である。「当たり前」「普通」「常識」といったものがいかに簡単に作られ、それらがいかに脆いか。その穴だらけの「常識」の中で、少数派が他者化され、迫害されていくという社会の構図。これは、キリスト教や小さな社会に限った話ではなく、いたるところでおこっていることだ。そういった社会構図への疑問を根底にしている、至極真面目なホラーなのだ。

  • 語り部ピーターと、この映画全体の解釈について

先述の二つの物語を語る青年ピーターは、悪友とつるんでおり、二人でドラッグを打つ仲である。しかし、ピーターの幼少期のころが一瞬描かれている。後に悪友となる友人と納屋で遊んでいると、ピーターの父が、「あいつはロクなやつじゃない」と無理やり引き離すシーンだ。また、夜話を語る当日、両親が出かける前、妹の面倒を見ることに難色をしめしたピーターに対し、父親が暴力的行為で言いくるめるシーンがある。この二つから、ピーター青年も、幼少期から親の抑圧を受け、地域では不良としてレッテルを貼られる、「浮いたやつ」ということが言える。つまりピーターの語る二つの物語は、ピーター自身の投影ともいえる。これを踏まえると、両親のいない深夜に、ピーターと妹のアネットが迎える結末は、ヴィジュアル的印象はこの前に描かれるスプラッター描写たちに劣るが、最も悲しく、怒りに満ちたシーンなのかもしれない。なぜって、ピーターは、イッテンバッハ監督本人が演じているのだから。

 

終わりに

初回からいきなり長文で無駄に気合いの入ったものになってしまいましたが、普段はもっともっとゆるいブログになる予定です。この映画に関しては、鑑賞された方の感想を見聞きすると、「残酷描写だけは一級品のジャーマン・スプラッターの一つ」とくくられることが多い印象だったため、自分の解釈をいつか「ぶちまけたい」と思っておりました。今後はもっとゆるりと、まったりと、映画・音楽愛を書いていきますのでよろしくお願いします。